人は迷うものであり、迷いの中から一生をかけて自分を探すもの

 

コーチする上で単に話聞くのは誰でもできると思い立ち、自分の強みを生かして何かないかと思い至ったのが座禅

 

今まで生きてきて、自分も含めてぎょうさん迷ってはるわと思い気がついた。

 

僕は幼稚園から高校まで比叡山延暦寺の付属の学校に通っていたので、仏教、座禅、お経というものに関わってきたので、まあ他の人よりは詳しいかなと思っている。

 

さらにマスコミ時代に日本テレビの「宗教の時間」やJR東海の、「そうだ京都へ行こう」の広告番組に関わって、有名どころでは奈良:興福寺、薬師寺、唐招提寺や大阪の四天王寺、京都本願寺、東寺、仁和寺、清水寺、龍安寺、天龍寺、苔寺、和歌山の高野山、青岸渡寺など思いついただけでも少なくとも行っている。まあこれもプラス材料か。

 

そして、四国八十八ヶ所も西国三十三箇所も巡礼済み。西国三十三箇所は4、5回行っている。これもプラスだろう。

 

さらにもういっちょ行っとこと最上志向と自己確信がつぶやくので、以下を行いました。

 

まず京都の勝林寺の門を叩く。

http://shourin-ji.org

 

続いて、京都、建仁寺の両足院の門を叩く。

https://ryosokuin.com

 

さらに、鎌倉の円覚寺の門を叩く。

http://www.engakuji.or.jp/zazen.html

 

 

最上志向はこれぐらいなんともありません。普通にできます。

 

むしろ楽しいかもしれません(笑)。

 

こう、いろいろ巡ってきて、座禅については、いろんな流派があり、作法や考え方も様々ありますけれど、僕が悟ったのは


「人は迷うものであり、迷いの中から一生をかけて自分を探すもの」であり、

「迷いの中揺れ動く自分を認めよう。揺れ動きながらも、ピンとくる瞬間を捉えよう。それが自分なのだ」ということ。

 

 

人も会社も浮世に生きる上では、永遠に揺れ動くもの。その揺れが静かになり、定まった瞬間人はとんでもない力を発揮するのではないでしょうか?

 

 

 

単に話をするのは誰でもできる。ではどのような話ができるのかは、話をする人が、聞く人の心に届くような経験をしてきたかということかと思うのです。

 

 

そう感じるので、今後も話を聞いてもらえるような経験を積み研鑽を積んで行きたいと考えておりますのでご期待ください!