ストレングスコーチ青山直人のプロフィール

 

 

 

 

青山直人:公式プロフィール

・1972年3月31日生まれ。子年、牡羊座、A型。静岡県島田市生まれ、滋賀県大津市育ち 右利き。

 

 

 

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自分の運命を感じた1枚。

僕はアメリカニューヨークの9.11の現場をこの目で見て人生観が変わりました。当時はデジカメは無いので、僕が撮ってきたリバーサルフィルムをそれとわかるように撮影したもの。人と人が憎しみあってはいけない。人と人は互いに尊敬し合い、支え合う必要があると考えています。

 

 

・現在の肩書:Gallup社認定ストレングス・ファインダーコーチ/社会保険労務士/人事評価構築あしたのチーム認定給与コンサルタント

 

 

以下のGallup公式サイトに僕の登録を確認することができます

https://www.gallupstrengthscenter.com/coach/en-us/profile/5709125

 

・生まれたときは4000g。ジャンボくんとあだ名されてました。

・国鉄運転士の父と江戸時代から続く旅館の長女である母との間ですくすくと育てられます。

・好き嫌いが激しかったのですが、小学校にあがると学校給食で競争に目覚めて、おかわりのために好き嫌いがなくなる。

・剣道、水泳、野球、卓球などのクラブなどに入り、当時かけっこではぶっちぎりで速かった。

・卒業文集では、将来は総理大臣と気が触れたようなことを書いた記憶があり、当時の夢はグアム島に行くことだった。

・中学は私学に入るも、数学教師が「どうせ無理」が口癖のような人で、生徒の夢を潰していくクラッシャー。反発から勉強をしなくなる。

・補習を受けて、なんとか中学を卒業、系列の私学高校に転がり込む。

・高校では、おばがニューヨークで働いていることに自分のスイッチが入り、勉強を再開。猛勉強の成果も出て級長にも選ばれる。

・大学は狙える高校でもないのに早稲田慶応しか受けないというとんでもない勘違いを犯し、その後の挫折を経て結局関西学院大学に入学。

・大学時代はトレンディドラマにあるようなキャンパスライフをイメージしつつも、意思とは無関係に「探検会」という社会学のフィールドワークを端緒とするサークルに入る。そこで山や川に触れるうちに野外生活の心地よさに目覚める。

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探検会の部室です。異彩を放っていました(笑)

・サークルとは別で個人としてはマウンテンバイクを購入し、自転車で本州最北の青森から滋賀まで走破するなどいろいろ自分を試してみるようなことをする。

・アルバイトは高校時代砂防ダムの建設というガテン系が初仕事で、餃子の王将や料亭の皿洗い、年末年始は年賀状の配達員で、浪人時代は日本で売上4位というマクドナルド、大学は一交代制で、夕方7時から朝7時という12時間勤務の組立工場や中東の人と一緒に勤務する基盤を磨く仕事、印刷物を製本する仕事、マネキン運びやイベントの搬入搬出、警備員、マンション案内の看板持ち、レストランのウエイター、テレビ局のカメラ助手など職歴は豊富。

・大学時代、お金持ちの同級生たちがアメリカやハワイに夏休みに行ったりする人が多く、みんなと同じでは面白くないと工場で夜勤のバイトで貯めた資金でイタリアへ。そこで2ヶ月イタリア全土をめぐり、ベネチアのユースホステルで出会った欧米の同世代の若者とお酒を酌み交わすうちにトラベル英語でコミュニケーションをとる喜びを知って、もっと世界をみてやろうと決意する。

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学生時代に僕の魂のエンジンとなってくれた本

・サハラ砂漠にも行き、数々の冬山登山を経験し北アフリカのトゥブカル山にも登る。そしてパリからマドリード、イタリア国内全土からオーストリア、タイのバンコクからシンガポール、ベトナムのハノイからフエ、台湾の国内鉄道など鉄道も利用しながら世界を周る。

 

・大学でマスコミやジャーナリズムを学び、仕事はテレビの撮影で全国津々浦々いろいろなところに行き、いろいろな人に出会うという自分にとっては天職のようなものでした。

 

・取材で明石海峡大橋のこんな高所にも行ったり。北は網走、南は竹富島まで行きました。

・記憶に残っているのは、北海道でやしきたかじんさんと馬の取材に行き、打ち上げでお酒をご一緒させていただいたこと。ボクシングの辰吉丈一郎さんの数年にわたる密着取材に関わったこと。探偵ナイトスクープで現地1時間取材のためにわざわざ北海道に行ったこと。東北では奥州市のえさし藤原の郷という広大なオープンセットで何日もかけて源氏物語絵巻を撮ったこと。お笑いコンビ野性爆弾と甲斐駒ケ岳に登ったこと。大峰山の修験道の取材や熊野古道の取材。読売テレビの「なるとも」という番組では、サバンナ、千鳥、南海キャンディーズ、たむけんなどの芸人さんと一緒に各地をロケしたり。阪神タイガースのキャンプで高知県安芸市、オリックスのキャンプで沖縄県宮古島、近鉄バッファローズのキャンプでサイパン島にそれぞれ半月取材で住んだり。屋久島の縄文杉の取材。九州沖縄サミットの取材。挙げるとキリがありません。

 

・仕事が楽しいと思う一方で、阪神淡路大震災やバブル崩壊、社会のアンダーグラウンドに触れれば触れるほど、自分の生き方について疑問を持ち、そんな中に映画「オータム・イン・ニューヨーク」を観て今まで敢えて行かずにおいたアメリカに行ってみようと思い立つちますインターネットがこれほど盛んになる前は、情報といえばテレビ、新聞、ラジオでありニューヨークは、世界メデイアの中心。その場所を訪れ、世界の様々な人が行き交う地をこの目で見て感じたい学び、今後の自分にとって何か吸収できればと考えていました。

 

・2001年9月 アメリカが同時多発テロでニューヨークも大きな被害を受けます。当初は遅い夏休みとチケットを予約していたのですが、仕事の関係で日程をずらしていて直接自分に何か被害を受けたのではないですが、運命的なものを感じて敢えて厳戒のアメリカに飛びます。そこで見たのがトップに載せてある写真。その体験で自分の価値観がおおきく変化し、何か人と人が結びつけるようなことができないか考えるきっかけとなりました。

 

・このアメリカ訪問で自分探しの旅が本当に終わって、今度は世の中にお返ししていく番だと確信しました。

 

 

・そんな中、大平光代弁護士の取材に関わります。

・この方、元ヤクザの組長の妻だったこともあり、割腹自殺を図ったこともあり、中卒で学生時代は壮絶ないじめを経験があり、その中から立ち上がったということで当時各地で話題になり講演されてました。宅建、司法書士、弁護士とクリアしていく様は、人はいつからでも変われるんだということを教えてくれます。

 

・大平弁護士に触発され、毎日取材でいろいろな人に関わることから、人に関する法律の資格取得を思い立ち、歩きながら過去問を解く生活をして5年もかかって2008年社会保険労務士取得。予想外だったのは、取材という立ち仕事をしてきていたので、座って畑違いのことを勉強することが非常に苦しかったというのがあります。

 

・その後は、社会保険労務士の登録をしますが、なにせ未経験。経験もコネもカネも何もないので、労働基準監督署の非常勤職員にころがり込み、覚えた知識で社労士の営業をしつつ、テレビの仕事もこなすという日々を過ごします。

 

・いいように言えば毎日右脳と左脳をフル回転し、理論脳とクリエイト脳が活性化するのですが、毎日が戦いでした。

 

・労働基準監督署、労働局の徴収室、協会けんぽ、雇用均等室勤務を経て、社労士としての仕事もこなし、所属する滋賀県社会保険労務士会の支部の役員も拝命。

 

・労働相談では8年間で約1万件、事業所訪問で約400社を助言や指導を行う。

 

・社労士として7年を経過したころ、父親が胃ガンで余命3ヶ月を宣告され、介護する生活。病院は最後まで看取ってくれる場所ではなく、散々いろいろな治療薬を使い、ダメだったら突き放す場所だと知り、父親の最後を自宅で看取る。

 

・家の整理、田んぼや畑を引き継ぎ、テレビの仕事、社労士の仕事、労働局の仕事などこなしているうちに、健康診断で腎臓が引っかかり、その後1年間入退院を繰り返す。

 

・入院中に病棟で他の患者さんと話したり、余命わずかな人を数多く見るうちに自分の人生を見直すべきだというスイッチが入る。

 

・退院後、興味のあるようなセミナー、研修、自己啓発に参加。知識と人脈はリターンに繋がると確信し数百万円自分に投資。

 

・その中で、10年以上前に勝間和代さんの影響から受けたストレングスファインダーを思い出し、他のツールとは比較にならないほど歴史があり、世界中で1900万人が受けた信頼からストレングスコーチになることを決意。

 

・多くの企業が教育訓練をOJTに依存している実態があり、ストレングスファインダーを受けているのは、上場企業や一部の意識高いような人々だけ。そうではなく、中小企業にこそストレングス・ファインダーを導入すべしと考えて活動中。

 

・一流企業向けに普段からお仕事されている素晴らしいコーチがおられますが、僕のフィールドは中小企業。中小企業にストレングス・ファインダーを浸透させて、日本を豊かにしたいと考えています。

 

 

 

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