2017最も印象深かった場所

2017年は、いろんな場所に行きました。

沖縄はひめゆりの塔

長崎は坂本龍馬の亀山社中

山口は吉田松陰の松下村塾

福井は橋本左内のお墓

滋賀は中江藤樹のお墓

兵庫は竹田城

新潟は月岡温泉

神奈川は鎌倉

茨城は弘道館

東京は昌平坂学問所

などなど。
僕の場合は、どうしても気になったら見てみたい、空気感を感じたいという衝動に駆られてしまうようです。
人生において、旅は日常にはない刺激をもたらせてくれるアクセントのようなものだと思っています。

行けば行くほど、芳醇なものに人生がなるような気がしています。
そんな中、2017のベストと言えば、僕は下関の関門海峡がすごくいいなと思いました。

上に挙げた、松下村塾などをレンタカーで巡ってきたのですが、バタバタの強行軍の中、新幹線の時間とライトアップの点灯時間との兼ね合いで、奇跡的にうまく見れたというもので、非常に思い出深い場所になりました。


さて、来年はどんな経験ができるか。

経験を大事と考える僕とすれば、考えるだけでワクワクしてきます。

ジム最終日。意地をみせてきた

12月28日の日記。

おとといジムのプールに行ったら25メートルで戦意喪失。

泳いでたら咳が出てきて、水から浮かび上がっても、咳で呼吸ができなくなるという事態になってしまいました。

大変だなぁと思うかもしれませんが、ずっと咳してるわけじゃなくて、調子上がってきたなと思ってチャレンジしたら無理だったというような、なかなかハードルを越えられないモタモタした感じです。

こんなひと月以上、調子悪いのは初めてなので、只々首をかしげる日々。

そんな中、今年ジムの最終日は、様子見つつも、行けるならやってやろうと思っていて、そうは言っても、おそるおそるな感じで、ひたすら水中ウォーキング。

気合いメーターが上がってこないと、いつまでも泳ぐことはしません。

そして、30分ほど歩きだんだん身体が温まってきて、様子を見ながら泳いでみます。

しんどくなったら休憩。

無理はしないと決めて、坦々と距離を伸ばして、500メートルまできました。

もうやめようと、頭が言うのですが、ハートと言うか魂が、「そんなんでええんか?お前はこんなもんかと」あしたのジョーの丹下段平のようなハッパをかけてくるので、すごく葛藤があります。

あと50メートル、あと50メートルと刻むことで、なんとかいつも通りの1キロを40日ぶりぐらいに達成することができました。

本当、病気になると体力も落ちますけど、気力もガクンと落ちるので、あげるのにすごく大変でした。

まあ、年末年始も引き続き様子を見つつ、徐々に元に戻していければいいなと思っています。

しかし、今回、普段から鍛えてる者でもなるんだと身に染みたので、以後は気をつけたいと思いますが、普段から何も運動や健康について気をつけていない人は、明日はわが身なので、是非とも気をつけていただきたいと思います。

クリスマス

12月25日の日記。

今日は、わたくし、風貌はバリバリの仏教徒の和尚ですけど、和尚もクリスマスをお祝いしました。

クリスマスイブの昨日に咳が治らんので、病院行ったら百日咳かもねと言われ、3秒だけショックを受けたのですけど、自分の性格として追い込まれたらテンションあがるようで、少しハイです。

まあ、不治の病でもないし、そのうち治るでしょう。

美味しいケーキもいただき、今日は満足です。

皆さんも、油断せず、良い年末をお過ごしください。

日記をつけると自分の強みが見えてくる。

毎日毎日、やたらと日記を書いています。

最初は質より量より更新頻度だと思い、更新するために日記形式にして、ブログ筋を鍛えようというつもりでした。

よく、何かを始めた場合、三日坊主になりやすいものですが、習慣にいかにもっていくのかがポイントだと考えていて、習慣にしてしまえばあらゆる事が可能となってきます。

そんな目的で始めた日記。

これが信じられないくらい、自分の事を知る手がかりになるものなのです。

昔から、自分探しにアフリカや中東など世界回ってきたつもりだったのですが、世界は自分の中にあるんだなと衝撃的な事実が書けば書くほど分かってきました。

よく、ブログや書物というと上手に書こうとしてしまうと思いますが、それは一方で偽りの自分であって、人には伝わっていないもの。
それより、自分の言いたい事が体のうちから、湧き水のように出てくる感覚が、書くべき事であり、人に伝わる事だと思うのです。

この効果を、会う人会う人に伝えていますが、きっと実践できる人は8:2の法則で10人いたら2人。

まあ、やらんです。

そして、これがいいと聞けば、西に東にいろんなセミナーを受けてしまい、知識で膨れ上がって、身動きが取れなくなってしまうのです。

身も心も日々断捨離。

自分の心を記しながら、自分の思考のクセを確かめる。

あとは、コーチングの対話でさらに自分がスッキリと浮かび上がってくると確信しています。

偉人伝おもしれー

12月23日の日記。
昨日はイギリスのチャーチルについての本を読み

今日は南アフリカのマンデラについて知る機会を得た。

過去の偉人の事を知ると、ありえない窮地に立たされながら、倒れないハートの強さには度肝を抜かされます。

チャーチルのナチスに攻撃されまくる中でのネバーギブアップの言葉なんか昔から大好きです。
今日のマンデラの言葉で響いたのは、「私は学んだ。勇気とは恐怖心の欠落ではなく、それに打ち勝つところにあるのだと。勇者とは怖れを知らない人間ではなく、怖れを克服する人間のことなのだ」と「私が我が魂の指揮官なのだ」。

これ見てて、思うのは、要は自分次第なんだろうなという事。
自己概念が低ければその生き様になるだろうし、高ければ高いで不可能というものはないのだろうな。
おそらく、大抵他人と比べてしまって、自己概念を低く見積もってしまうのだろうが、これ絶対ダメだと思います。

他人は参考にさせてもらうだけで、あとは見ない。

見たら、すごい人だらけなので見ない。

自分をあくまでも信じてあげましょう。

これも一つのテクニックだと思うのです(笑)

断捨離

12月22日の日記。

今日は冬至ということで、日照時間が短い冬が嫌いな僕にとっては最悪な日。

しかし、これから日照時間が長くなるという点で最高な日だとも言える。
最近時間の有限性を痛切に感じていて、時間の無駄な使い方はできないなと思っています。

できるだけコントロールできることは、調整して時間を有効に使いたいところです。

自分の身に周りの断捨離を、ソーシャルメディアも含めて徹底的にやりたいところです。

よく、フェイスブックとか数千の友達とかいてる人いるけど、僕からしたら意味不明。

選んで選んで、付き合いは深く強くしていきたいところです。

人は所詮自分の器以上のことはできません。

器から見て、広げすぎていたら、断捨離したほうがいいと考えています。

来年、本当に関わってくれる人が、現れるわけですから、全然関わってない人とか、さっさとさようならしてスッキリしたほうがよろしいかと思います。

今日のアイキャッチは、イギリスのチャーチル。

絶対諦めないという不屈のリーダー。ナチスドイツから英国を守り抜いたそのメンタル大尊敬です。

資質証言:自己確信

自己確信はトップ5に持ってるひとは、かなり少数と言われていますが、僕は持ってます(笑)。

基本的に、自分のすることは正しいという確信があります。

具体的に言うと、腹の底から絞り出した魂の想いを実行に移すことから、そこには疑いがありませんという感覚なのです。
世の人は われをなにとも ゆはばいえ

わがなすることは われのみぞしる
これは幕末の志士、坂本龍馬が詠んだ歌です。きっと龍馬も自己確信があったのではないかなぁと思わせる歌。この心境がよく分かります。

結果的にすごく良くなってしまった。

12月21日の日記。


最近、一緒になって咳をしていたうちのわんこのすーちゃん。

13歳のおじいちゃんなので、すごく心配していました。


病院行くの嫌がって、連れて行くの大変でしたが、レントゲン撮ったり、いろいろ検査して貰いました。

自分のと犬と同じ月にレントゲン見るとは思いもよりませんでした。

で、結果は、検査は全て問題なし。

心臓も肺も元気ですと言われ正直ホッとしました。
さらに自分の放置していた歯の治療も、今日終了。
大ブレーキと思えた今回の肺炎からの流れも、結果的に健康についてのメンテナンスが全て完了したと言えるので、ある意味よかったなと考えています。

まあ、普段からもジムにいっていてもこうなるんだというのも分かったし。

酒も付き合い以外はやめたし、タバコもやめた。要はコントロールできることは自分でコントロールしないと。

それでダメなら諦めます(笑)。

調子が上がらない日は、早く寝るに限る。

12月20日の日記。

日中動いたら、疲れに疲れてしまいました。

こんな体力って落ちるんだなぁ。

まだ、時々咳に悩まされる。

ジムも250メートルしか泳げなかった。

気持ちが上がらない。

しかし、いい時も自分だし、そうではない時も自分。

あるがままを受け入れよう。

あなたの目的目標は何でしょうか?

12月19日の日記。

プロ野球の契約更改とかトライアウトのインタビューを見ていて気付いたことがあります。
プロの世界でプレーし続ける選手の言動には、もっとうまくなりたいとか、大リーグでプレーするなどの目指すところが高いところにあるのに対して、

トライアウトでプロの世界から去る選手というのは、今やれる精一杯を出し切るやマウンドに立つ姿を家族の目に焼き付けられたらそれでいい
このように、一方は高みを目指しているところを、もう一方は視線が並行やや下向きというようにくっきりと分かれていた。
両方言えることは、願望は叶ってしまうんだなぁと気付いてしまいました。
ここから感じたのは、我々は、きちんと目的目標を立てていないかということ。

曖昧な目的目標はその通りの目的目標に向かって、身体が準備して目指してしまうので、どのように決めるかは慎重を要します。

中途半端な生き方だと思う人は、ずっと頭で特に考えずにきた結果であろうし、考えて求めて追い求めていけば、きっと叶っているはずだと思うのです。
よく、来年の抱負とか、聞いたりする季節にもなりましたけど、今回は、詳細に具体的に、高みを目指して目的目標を考えてみてはいかがでしょうか?
きっと、驚く結果になるのではないでしょうか?