世の中壁だらけだから、問題が多いのだろう。

世の中の人は、なんらか人より優れたものがある筈だ。

優れたとは、ぶっちぎりで何かに突出していることもあるだろうし、他より僅かにだけ優れているということもあるかもしれない。

要は、優れている本人にとっては、当たり前のことが、他の人から見たら超凄い!になる。

凄いので、活かした方がいいよと他人から言われて初めて気づくものなんだろう。

ただ、世の中すごくプライベートとかプライバシーとか配慮し過ぎて、他人の境界に入っていけない風潮がある。

ある住宅メーカーの社長が、「今のウチのマズイところは、部屋をいっぱい作りすぎた。」と言っていたらしいが、まさにそうである。

どこもかしこも壁ばかりじゃ、関われないのである。

うちも学校も会社も壁を取り除き、人が関わってこそ、得意も分かるというものだ。

もう一度、どうしたら世の中うまくいくか、考えてみた方がいいと思うな。

ニンゲンは少ししゃべり過ぎ

 

12月2日の日記。

日本は古来から、言霊の幸はふ国(ことだまのさきわうくに)という事が信じられ、言葉という力を大切にしてきた国。

それがこのソーシャルメディアの普及によって、脳にとって非常に刺激的な世になり、いずれの人も何らかを発信するようになりました。

思い起こせば、20年以上前にジャーナリズムについて大学で学び、卒業論文でもテレビやラジオ、新聞雑誌などに触れ研究してきました。

その中で、考えていたことは、「我々は、学問は学ぶが、メディアについては学ばないことから、いたずらに流される風潮に警鐘を鳴らすことでした。」

時は流れ、技術の革新により、人もメディアたる事がブロガーしかり、ユーチューバーしかりと可能になっています。

確かに、技術は進歩してきたが、メディアにどう向き合うかは、20年前から進歩していないように思えてなりません。

本来、我々は、秋の紅葉を見たときに、心の中で感じれば良いことかと思うのです。
そして、行き交う人と「いい秋ですね」と言葉を交わせば、本来ならば十分に伝わる筈なのです。
言葉の使い方。考えてもいいのかな。

JR東海の広告に刺さるコピーを見つけました。

社交性✖️コミュニケーション

 

社交性という資質があると、対人関係の壁が取り払われます。

いわゆる、人見知りの人から見たら驚きの立ち振る舞い。

自然な感じで相手の懐にいつの間にか入れる人です。

コミュニケーションの資質は、どのような会話でも平均点以上出せる人。上手に話を展開します。

この社交性とコミュニケーションがあれば、対人関係は鬼に金棒。

人前に立ってのスピーチなどお手のものな組み合わせとなるイメージです。

 

もし、この資質が上位になくても、自分の代わりの資質を使うことで、代用できることも多いので、考えてみるといいかもしれません。

 

人間はコミュニケーション下手。生まれも育ちもやってきたことも違うのに、簡単に分かり合える方が無理。

 

神戸製鋼のアルミ製品の性能データの改ざん問題、全国4カ所の工場で管理職が把握するなど、不正が長年横行していたことが明らかになった。」という日本経済新聞の記事。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22038960Y7A001C1TJC000/

 

組織の末期はいつもコミュニケーションが取れずに、勝手な判断を重ねて負のスパイラルに陥り、気付いた時には取り返しのつかないことになっているパターンが多い。

労働基準監督署時代も社会保険労務士として見ていても、そもそも会話が驚くほど取られていない。

例えば、勤務中は私語は禁止。

そらそうかもしれないけれど、どうやってそれでいいものができるのか?

テレビの番組を作っていた時は、制作スタッフ同士行きのロケ車で喋り、現場で喋りと喋りきった方がいい作品はできると確信しているので、喋るのも仕事のうちと考えています。

 

ところで興味深いデータ。

 

まず、我が国の年間離婚件数は 21 万 7000 組。

リンクは平成 28 年(2016) 人口動態統計の年間推計

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei16/dl/2016suikei.pdf

日本はすでに3組に1組が離婚する「離婚大国」となっているところを見ても、我々はコミュニケーションが下手くそだと認識した方がいいかと思う。

 

 

だいたい、家でコミュニケーションとれない人間が、社会でとれるはずがないと思うがいかがであろうか?

 

もちろん、神戸製鋼や東芝など一流と言われる企業は、社員教育もコストかけてやっているはず。

 

で、なぜうまくいかないのか?

 

繰り返しになりますが、我々はコミュニケーションが下手

 

自我が出すぎて、容易に他人を受け入れられないわけだ。

 

そうすると、コミュニケーションが取れずに、関係も悪くなるという負の方程式。

 

 

やはり、そこを改めるには、自分自身を各自が見つめ直し、積極的に他人を知ろうという努力が欠かせないのかと思う。

 

きっとそれが難しいのだろうけれど、成功者というか上手に生きている人ほど、他人を理解する努力をし、尊重しているのかと思う。

 

いわば、自分を生かすためにまず他を生かすというべきであろうか。

 

ただ、人間はどの人も自分自身は普通だと思い込んでいる。自分自身のナチュラルだと。そこも問題かと。

 

信じたい気持ちはわかるけれど、どの人も自分自身の生きてきた道は自分しかわからない。そこを分かり合おうというのがコミュニケーションなんだろうけれど、会話がなければ分り合う手段を失っているわけだ。

 

いずれにしても、もっとみんなで話そうよ。嫌感があるのは当たり前、自分を生かそうと思ったら他人を生かす。

 

良好なコミュニケーションが、家庭も会社も社会も豊かにするのではないでしょうか?

 

 

顔を合わせてありがとうと感謝の気持ちを直接言えているか?

 

先日、とある社長さんと話していて、私が労働基準監督署勤務していた時の話になった。

 

人は自分の目の届く範囲を常識というけれど、常識の範囲って本当に狭い。

 

インターネットやテレビなど、世界の隅々まで知った気になっているだけで、実は何も知らないかと思うのです。

 

その証拠に、自分の仕事を離れた分野の仕事のなんたるややこしさ(笑)本屋でいつも買うジャンルの本以外のなんたる数の多いことか(笑)。

 

そう、私たちは知らない者同士が各自の狭い常識で話をしているのです。

 

労働基準監督署で聞いてきた約1万件の話も、要は他者理解ができていたら解決するやんっていうものが大半だったような気がします。

 

そこそこ上手く人間関係が構築できていれば、何の問題も起こらないところを、挨拶がないとか、会話がないとか、いわゆる報告連絡相談がない、中小企業は社員食堂がないのが当たり前で、お昼はうちに食べに帰るとかいうのもあり、ランチを一緒にする習慣もないなど、コミュニケーション不足からずるずると小さな問題が次第に大きくなって、事件に展開していく構図。

 

その社長にもお伝えするのですけれど、「うちの会社に限ってそれはないわ」の感じで、危機感がないのがそもそもどうかなというところです。

 

その信じたくない気持ちはわかるが、厚生労働省によると平成28年度個別労働紛争解決制度の施行状況で、総合労働相談は9年連続100万件超、内容は「いじめ・嫌がらせ」が5年連続トップということをみても、世の中それだけ社内で揉め事があり、表沙汰になっていない件数を加えて考えましょうよということだ。http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000167727.html

 

もちろん、これは会社だけでなく、家庭や交友関係にも通じる話でもあるかと思います。

 

デジタル技術が進歩し、機器を通じてのやりとりも多い昨今ですが、それを使うのは人間です。

基本に立ち返り、改めて「ありがとう、おつかれさま」の感謝を伝え合える関係を大事にしたいですね。

こんなこと言われたいってみんな思っているんだろうなぁ。

 

現在、ブログを習慣化させようと、筋トレならぬブログ更新トレーニング真っ最中。励みになりますので、よかったら「いいね」などお願いいたします!最後まで読んでいただきありがとうございました。