ストレングスコーチで集まって、実感したこと

1月25日の日記

東京にて、Gallup社のストレングスファインダーコーチを学んだ同期で集まりました。

いつも思うけれど、共通言語があれば理解が早い。

家庭、職場、地域と人はあらゆるところで自分以外の人と関わる必要がある。

問題は、共通言語がないということだ。

お互い自分を主張しているだけで、相手は置きざりなので、関係が悪くなるのは当然だと思う。

関係が悪いと、いくら説明しても理解し合えないものだ。

For MeよりFor You。

分かり合えると話は早いし、建設的だ。

そんなの言われても、どうしたらいいか分からない。

そういうこともあるだろう。

そんな時は、是非ストレングスファインダーを使って欲しい。

僕も、パラダイムシフトを経験したツールなので、多くの人に体感していただきたいのです。

ひとりでやるのではなく、みんなに広く広めて共通言語にしちゃうのです。

関係が好転すること間違いないでしょうね。

読書ひと月50冊

1500冊本を読んできたという話を昨年聞いていて、さあ俺はどうするかと考えておりました。

じゃー、フォトリーディングも学んできているので、ひと月50冊。

そんな風に決めました。

決めたのでやり切ります。

インプットなしにアウトプットはありえません。しっかり習慣にしたいと思います。


それで今日読んだ本。

徳川秀忠以降の江戸時代に降りた俊英。

若くして亡くなった師である中江藤樹に代わり日本陽明学を世に広めた人。

蕃山がいなければ、日本陽明学もなく、吉田松陰も坂本龍馬も西郷隆盛もなかったであろうと思われるキーマン。

心技体

昨日まで3日間心についてのトレーニングを受けていた。

思うのは、油断すると人は欲に引っ張られて、人の道を外す。

例えば相撲界もそうだろう。

いろんな欲が絡み合って、乱れまくっている。

よく考えると、体についてはジムに行けば鍛えられる

仕事は専門書や教育を受ければいい

だが心はどうなのか?

昔の人はうまくいったもので、「心技体」。

本当にバランスがとれていないとうまくいかないのだと改めて思う。


この寒い時期は、焚き火の時間が最高。いつまでも眺めてられます。

好球必打


アインシュタインの言葉。

確かにあれもこれもやりたいだろうが、あなたの寿命も考えなさいねと俺には聞こえました。

世界のホンダも強みを意識したんだね

今、ホンダといえば、サッカーの本田圭佑なのかもしれないが、僕にとっては自動車やバイクメーカーの本田宗一郎氏は偉大な人です。

偉大過ぎる人だけれども、少しでも真似できないかと、本を読む。

すると、本田宗一郎も、自分の強みを意識していたんだねという一文に出会いました。


やはり、成功にたどり着くまでには、線路の枕木のように苦難の連続があると思うが、不得意なことに魂は込められない。

もちろん、人として生きる知識としての学びに得意も不得意も無く、学ぶ必要はあるだろうが、一旦、俺はこれが得意だと思い定めたならば、どんとそれを伸ばすべきなのでしょうね。

人の前で話すということ

人の声というものは、すごく重要なもので、声ひとつで印象がガラっと変わってしまう。

最近、プレゼンテーションを練習されているところを見学して、そいうや、俺って音録りのプロだったと思い出したので、気づいた事を書いておこうと思う。

長年、いろいろな人の声を録ってきたが、一番最強な声は吉永小百合さん。

声のトーン、間合いが絶妙で、あくまでも自然で噛む事なんて考えられない。

まさに、大女優は声から芝居するのです。

一方、今日もある講演を聞かなければならない事があったが、

普通の人は声のトーンは急上昇急降下のジェットコースター、間合いはバラバラ、言葉を暗記から発するので、刺さらないし咳したり、「えー」、「あのー」など耳障りこの上ない。

内容云々の前に、聞く気をなくさせてるなぁというのが事実です。

正しい日本語を正しく話すというのは、簡単なようで難しいものなのでしょう。

普段、訓練を受けたプロの声をマスメディアを通して聴いているけれど、同じようには話せないものなんですよね。

自分のクセやらなんやらが積み重なって、とんでもないことになってしまっているのでしょう。

人とのコミュニケーションは声を発する事からはじまります。当たり前過ぎて、意識していませんが、大勢の前で話すときの自分。また、少数の前で話すときの自分。その辺を録音したり、客観的に見直すと、対人関係もよくなるかもしれませんね。

で、陽明学って何なん?

陽明学では、人の肉体は天からの借りもので、用があるから魂を宿しているのだよと説いている。

命があるのは、役目があるから役目を果たせと簡単に言えばなる。

なぜ日本で陽明学が広まったかと言えば、陽明学の王陽明さん。この人の頭もいいけど、軍を率いれば連戦連勝の人で江戸期の武士の気持ちを掴んだという訳。

この自分のことを内省し尽くし、腹の底から覚悟を決めて動くことを導く思想で、最強エンジンなのです。

よく、学生時代に全然勉強しなかった者がふとした瞬間、爆発的に動きだすことがあるが、まさにエンジンがかかると人は動くのです。

そのクルマの鍵のようなものが、陽明学なんだろうな。

西郷隆盛、吉田松陰、坂本龍馬、勝海舟、河井継之助、横井小楠、藤田東湖、橋本左内、佐久間象山、山田方谷など陽明学により、エンジンをかけられた者は数限りなくいます。

本当に、自分の天命とか役割を考えつつ、動いていると、日々の充実度が全然違います。

すごく濃厚になる感じとでも言えます。

もう、人がどうのこうのなんて超越します。

さあ、みなさんもぜひ、理解を深めて、どうなるかやってみませんか?

ともに学びましょう。

付き合う層を変えてみたらどうなるだろうかの実験

1月3日。

昨年大勢の人の話を聞き、どのようなトークの組み立てをしているのか、ずっとみておりました。

正確に言えば、勝手に自分の頭が無意識に分析していた感じです。

というのも、聞く話が面白いく興味深いものが多くて、自然とフォーカスしていったのですね。
その中で、世の中には、「できる前提」で話をする人と、「できない前提」で話をする人がいるのだなぁと明確にわかって、できる意識の人は皆生き生きとしているなぁと感じました。

一昨年くらいまでは、できる前提で話す人は自分の周りで1割もいなくて、いかに自分の状況を肯定してやらない、参加しないの話を聞いてきていたのが、昨年は8割ができる前提で話す人が次々と現れるので、本当に180度こちらの思考も刺激を受けました。

変えたのは普段付き合う層。
以前はなんとなく知ってるとか、仕事関係で必然的に会う人と関わってきたのですが、それを自己啓発のセミナーなどで会ったような層にシフトすると主体的すぎて驚かされるような発言が次々と出るのでした。

元々、最上志向と学習欲がトップ5でスイッチが常にオンの状態なので、本当に自分の居場所を見つけた感がありました。

本当に以前のできないという層との付き合いはしんどかった。

自分がダメなんじゃないかとさえ思った。

それが今は非常に充実感を得られる状況にあるので、要は、願って動いてもがいて自分を内省することで、居場所を主体的に探すことが大事だなぁとしみじみ。

まあ、なんとなく生きるのも、それはそれでいいという考えもあり、幸福感を感じられればそれもありだと思うのですが、どうも居心地が悪いなぁと思うならば、主体的に求めて動くことが必要かと考えています。

2017最も印象深かった場所

2017年は、いろんな場所に行きました。

沖縄はひめゆりの塔

長崎は坂本龍馬の亀山社中

山口は吉田松陰の松下村塾

福井は橋本左内のお墓

滋賀は中江藤樹のお墓

兵庫は竹田城

新潟は月岡温泉

神奈川は鎌倉

茨城は弘道館

東京は昌平坂学問所

などなど。
僕の場合は、どうしても気になったら見てみたい、空気感を感じたいという衝動に駆られてしまうようです。
人生において、旅は日常にはない刺激をもたらせてくれるアクセントのようなものだと思っています。

行けば行くほど、芳醇なものに人生がなるような気がしています。
そんな中、2017のベストと言えば、僕は下関の関門海峡がすごくいいなと思いました。

上に挙げた、松下村塾などをレンタカーで巡ってきたのですが、バタバタの強行軍の中、新幹線の時間とライトアップの点灯時間との兼ね合いで、奇跡的にうまく見れたというもので、非常に思い出深い場所になりました。


さて、来年はどんな経験ができるか。

経験を大事と考える僕とすれば、考えるだけでワクワクしてきます。

ジム最終日。意地をみせてきた

12月28日の日記。

おとといジムのプールに行ったら25メートルで戦意喪失。

泳いでたら咳が出てきて、水から浮かび上がっても、咳で呼吸ができなくなるという事態になってしまいました。

大変だなぁと思うかもしれませんが、ずっと咳してるわけじゃなくて、調子上がってきたなと思ってチャレンジしたら無理だったというような、なかなかハードルを越えられないモタモタした感じです。

こんなひと月以上、調子悪いのは初めてなので、只々首をかしげる日々。

そんな中、今年ジムの最終日は、様子見つつも、行けるならやってやろうと思っていて、そうは言っても、おそるおそるな感じで、ひたすら水中ウォーキング。

気合いメーターが上がってこないと、いつまでも泳ぐことはしません。

そして、30分ほど歩きだんだん身体が温まってきて、様子を見ながら泳いでみます。

しんどくなったら休憩。

無理はしないと決めて、坦々と距離を伸ばして、500メートルまできました。

もうやめようと、頭が言うのですが、ハートと言うか魂が、「そんなんでええんか?お前はこんなもんかと」あしたのジョーの丹下段平のようなハッパをかけてくるので、すごく葛藤があります。

あと50メートル、あと50メートルと刻むことで、なんとかいつも通りの1キロを40日ぶりぐらいに達成することができました。

本当、病気になると体力も落ちますけど、気力もガクンと落ちるので、あげるのにすごく大変でした。

まあ、年末年始も引き続き様子を見つつ、徐々に元に戻していければいいなと思っています。

しかし、今回、普段から鍛えてる者でもなるんだと身に染みたので、以後は気をつけたいと思いますが、普段から何も運動や健康について気をつけていない人は、明日はわが身なので、是非とも気をつけていただきたいと思います。