占いは実は凄いらしい

占いというと疑わしいと思うかもしれないけれど、

易というものは儒教仏教より古い学問なのですね。

「易」の語源の由来についても、諸説ありますが、

日と月が組み合わさったことから陰陽を見ていくという、

あらゆるものが変化の中にあり、そこから人のあり方を占うというのが、しっくりくるような気がします。
「やる」「やらない」という選択がありますけれど、

占うということから自分を見つめて、

今回は「やる」とか「やらない」とか意識すべきなんだろうなと思います。

株や仮想通貨の変動チャートのように、

占いしたら一喜一憂甚だしい人がいますけれど、

あれは占いの使い方間違っているのかもしれません。

そうそう、しいたけ占いによると、10年周期のスタートの年みたいなのですが、

最近10歳下の駆け出しの弁護士さんと話す機会とか、ちょうど社会保険労務士10年目だったり、ストレングスファインダーや陽明学、人事評価コンサルなどスタートだと思っているので、これ見て見つめ直しが新たにできたという感じです。

世の中には本当に面白い。

いろんな思想とうまく付き合って、いい人生にしたいものですね。

昨年は学んだ年。今年は行動の年。

2月10日の日記。


学んでいる陽明学の講演会があるとのことで、滋賀県高島市へ。


同じ県にもかかわらず、滋賀県の上半分は北陸の気候なので、自分が住んでる下半分から行くと戸惑うことがあります。


びわ湖の雪景色もいいものですが、寒すぎて見ていられません。

作家の林田先生の講演会。

高島出身の陽明学者中江藤樹についての話でした。


陽明学を一言で言えば、自分のやる気スイッチの見つけ方。

僕自身も、学んで目覚めてしまったので、効果は実体験済。

このやる気スイッチを、社会保険労務士として関わる会社の生産性向上に繋げたいと考えています。


懇親会では、滋賀の名産鮒鮨も出て、誰も知り合いのいない中で参加しましたが、結果的に大いに盛り上がりました。

参加者は地元と、東京、埼玉、石川、静岡、兵庫、中国と結構幅ひろい感じでした。

また中江藤樹関係の施設を運営されている方30名ほどと、知り合うことができたので、今後が楽しみです。

陽明学講座 鶴橋えびす大学


今日は、学びが進んでいる大阪の陽明学の講座に参加させていただいた。
飲食店の経営者の二階で、その方がファシリテートする。
普通の人が進行。それも面白かった。
まさに、江戸時代に吉田松陰や西郷隆盛が学んだ、共に学ぶという東洋的とも言える、寺子屋スタイルに感銘を受けました。
同じような場を、近江聖人中江藤樹の地である、我が故郷

でも設けて、心を整えることができたらなぁと考えています。
体はジムに行けばいい、技は経験を積めばいい、だが心が置き去りになってしまう。
そんな心を整える場にする。
目指す目的目標が見えた感じがしました。

陽明学修了証いただきました

この週末、東京にて念願の陽明学修了証いただきました‼️
日本陽明学の源流、中江藤樹先生が指導された滋賀の者としては、感慨深いものがあります。
昨年3月の沖縄の研修で
「あなたの固有の用(天から与えられた役割)は何だ?」
という問いを受けて

衝撃が走って以来、学び続けている陽明学。
僕の行動も大きく変化し、言う事やる事が180度変化するパワーがあるからスゴイです。
西郷隆盛、吉田松陰他、明治維新を成し遂げた原動力となった思想。
源流は中国の乱世を、いかに生きるかの思想で、孟子、孔子、堯舜から数千年の考え方を少しずつ時代に合わせて改良してきたいわば成功哲学。
一言で言えば、「自分のコアのやる気スイッチ」が分かるのです。
アメリカハーバード大、中国北京大など世界の陽明学者からも支援を受けている日本の難波先生から学んだ講座が修了。
今後は、世界の陽明学者や日本の同志と繋がり、世話人として陽明学を広め、世の中の人とともに学ぶステージに入ります。
すごくワクワクする気分です。

敬天愛人

京セラの社是であり、西郷隆盛の言葉だそうだ。

意味は、人間として正しいことを貫くである。

確かに、明治維新を経て、平成の世になり、物質的な豊かさは得た。

しかし、敬天愛人の実践ができているだろうかと考えれば、即答でできていないとなるだろう。

世の中、政治家や教師、あらゆる仕事を俯瞰して、覚悟が明らかに薄い。

精神的に未成熟とも言えるかもしれない。

知識はあるが、覚悟できていないから、フラフラと迷走して、不祥事やミスにつながるのだと思うのだ。

今、この文字は鹿児島では、西郷隆盛が西南戦争で最後の時を迎えた、城山の下を走るトンネルの入り口に掲げられているのだそうだ。

どうも心が定まらない日本人。

忘れないように、見えるところに書いておくのも悪くはないのだろう。

西郷南洲

およそ事を作すには、須らく天に事うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず。-言志録第3条-


西郷隆盛が座右の銘としたのは言志録と言われる書物で、江戸の昌平坂学問所の塾頭である佐藤一斎が記したもの。

昌平坂学問所は、各藩の秀才が選抜され学ぶ、今で言えば東京大学である。

それまでの幕府の学問たる朱子学がとにかく学問をせよと言うのに対して、実践せよと言うのが陽明学。朱子学の教授にして、陽明学も教えるというゆるやかな風土がありました。

佐藤一斎の記した言志録を、流罪中に自分がこれはというものを、書き出し懐に入れ、事あるごとに眺めていたというのが冒頭にもあった一文も含めたものである。

ちなみに訳としたら、何か成し遂げようと思うなら、天に従う心が肝要。決して自慢するものでもないよと言える。

つまり、自分の天から与えられた役割を内省によって確かめて、あとは動いて動いて世の役に立てという事なのだろう。

人は、動かなくても一生は過ぎていくもの。

せっかくなら、動いて動いて世の役に立ちたい。いややってみせる。

そのように実際に行動したからこそ明治維新を成し遂げられたのだろう。

世の中やらない言い訳に終始する人が多い。自分も含めて学び実践したいものだ。

藤樹書院訪問


正月2日。

藤樹神社参拝と藤樹書院訪問。

陽明学を学べば学ぶほど、ストレングスファインダーと共通項があるなぁと感じています。

学べば学ぶほど迷いがなくなるので、すごくいいです。

人は、エンジンがかからないと動きにくい生き物。

他人からゴチャゴチャ言われても動きませんが、自分の内側から沸き起こる主体的感情が爆発した時のエネルギーはヤバいと思います。

今年は、この力を組織に応用すべく、活動の場を広げます。

その決意を日本陽明学の祖である、中江藤樹先生の位牌に伝えてきました。

西郷隆盛も学んだ陽明学。言志録125条の超約で

「これしかないと決めて動けば、遮るものはない。自分が信じる道を突き進めば危険なことなどない」とあります。

まさに、明治維新のパワーは思想によるものが大きいと考えています。

なんとなく生きるからの脱却。

これを関与する組織に浸透させたいと考えています。

陽明学を学び、ストレングスファインダーを学ぶと最強かもね。

11月17日の日記。

陽明学を日本の第一人者難波先生から学んでおります。

 

社会保険労務士、税理士、経営者、コンサルタントなど全国から東京に集まってくるのです。

 

 

僕としては、何でも見たい知りたいの最上思考と学習欲が発動しっぱなしなので、気になることは世界中どこでも行ってきたし、これからも行くつもり。

 

バイタリティとかそんなもんじゃなくて、自分にとっては普通と考えています。

 

今までの経験上、タイのバンコクまでは近所で、ガンジス川越えたら遠いという感覚(笑)。

 

そんな感じでよろしくお願いします。

 

ちなみに陽明学というのは、中国の明の時代の思想。

 

王陽明という人の考え方で、当時は陽明学とも言わず心学と呼ばれていたそうです。

 

この陽明さん。思想家なのですが、中国の超難関試験科挙を合格した俊英で、軍隊も率いれば、連戦連勝。意外と武闘派な人。

 

陽明学と出て、よく比較されるのが朱子学で、これは陽明学の前の時代の思想。

考えたのは朱熹さんで、このひとも科挙に合格した俊英。

 

ただ四書五経(儒教の経書の中で特に重要とされる四書と五経の総称)を精読し目で穴が抜くほど読めという考えでした。

 

これに対して陽明学は、朱子学の読むだけではなく、実践的な思想を展開。

 

日本においては、朱子学は、江戸時代に徳川幕府が奨励し、ただ本を読んでおけというところを利用して政治に使われ、陽明学は江戸時代も禁止はされなかったものの、幕末や明治の激動期に爆発的パワーを持つ思想として使われました。

 

中江藤樹、熊沢蕃山、佐藤一斎、吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、河井継之助、佐久間象山、大塩平八郎、山田方谷、岩崎弥太郎 、渋沢栄一 、広瀬武夫 、東郷平八郎 、奥宮健之、幸徳秋水、富岡鉄斎 、三島由紀夫 などが有名です。

 

前置きが長くなりましたが、知らない人が多いと思うので、書かせていただきました。

 

そこで、今、世の中を見ていると、なんとなく生きている人が多いと感じております。電車やバス、乗っている人を見ていると、心ここにあらずという光景を感じています。

しかし、これは今にはじまった話ではなく、孟子、王陽明、佐藤一斎、吉田松陰などの言葉、書物を見ても、人類永遠のテーマだとわかってきました。

 

そこで、ただ憂いているだけではなく、知ったからには行動する知行合一が陽明学。体が勝手にどんどん活動させて行くのを感じています。

ストレングスファインダーの考えと、共通しているなぁと思うところも多く、西洋東洋と考えの幅が広がったので、すごく納得感が高くなっています。

世の中の人が、自分に気づき、人のため、世のためを思える社会を作ることができれば、これほど素晴らしいものはないのかなと思うのです。

 

今のテーマは、私はパート、アルバイトと言って周りのテンションを下げるマインドの撲滅です。

 

自分が関わる組織は、三方良しであって欲しい。

なので、パート、アルバイトという生き方でも、主体的な人であって欲しい。

他人まかせの社会より、自分にまかせろ。

 

そんな会社や社会を今は作るぞと考えています。

日本の歴史を見ていけば、成功哲学に溢れてやしませんか!?

10月7日の日記。

フォトリーディングして読んだ本。

じっくり読みたいけれど、読むものが他にも多いので、フォトリーディング学んで以来、時間短縮できていい感じ。

この山田方谷さんは備中松山藩=今の岡山県高梁市辺りで藩政改革を実行した人で、幕臣勝海舟と長州の松下村塾吉田松陰の師匠である佐久間象山の兄弟子に当たります。

さらに、長岡藩家老で新政府軍を幕府軍として押し返した河井継之助から崇拝を受けた人物。

この名だたる人に影響を与えたのだから、超すごい人なのだというのは明らかですね。

かなりの実務派の人なので、幕末にありがちな血で血を洗うことはしないから時代ものの小説には出てこない。

僕は歴史小説が好きなのですが、知らなかったところを考えるとそういうことなのかなと思い至りました。

 

しかし、ふと思うのは、本屋の棚に並んでいるのはハーバード大式とかコロンビア大式など西欧の考え方の本が多くて、日本人の過去から学ぶって少ないのではないのかな?

そもそも日本には、先人が残してくれた文書の量など世界に類を見ないぐらいの充実ぶりの資料が山のようにあるのに、なぜ使わないのだろう?

日本人には日本人なりの性質もあり、それに対して先人が取り組んできた事例というのは、必ず参考になると思うのです。

今、僕が陽明学を学んでいるので、日本を含め東洋の考えもうならせてくれるものが数々あるなぁと日々感じているところなので、個人的には非常に注目しております。

吉田松陰の松下村塾から学んだこと

先日、吉田松陰が教えていたとされる松下村塾を萩に訪ねた。

 

僕は原点志向が20番目にきているが、割とどの場所に行ったとしても、歴史的にどんな場所か気になる人で、一番好きだった科目が歴史。

13番目に収集、トップ5に学習があるので、それが原点志向の代わりに発動しているのかもしれません。

 

自分にとっては、吉田松蔭なんてみんな知っていると思っていたけれど、この訪問についていろんな人と話していると、みんな知っているものでもないなと感じたので、リンクを貼っておきます。

https://www.ishin150.jp/ishinandyamaguchi/shouin

 

僕は、昔からそうだけれど、気になるものはこの目で見たくなる性質で、行かざるもの語るべかざると思っています。

この建物の主である吉田松陰も、全国を歩いた実践の人だと聞いたので、居ても立っても居られない感じで場の雰囲気をかみしめてきました。

 

本当に小さな建物で、日本を動かす原動力となった人々が学んだとされる場所としては、意外に思えました。

 

 


当時、長州藩にも藩校があったのに、なぜ吉田松陰のもとに大勢が通ったのだろうか?

 

そう考えていくと、藩校は読み書きそろばんの生活に必要な学問であったのに対して

松下村塾は「自分が本当にやりたいことはなにか?」など、自分への問いかけと自分自身に潜んでいる潜在能力の発見に努められる場所であった。

 

これが、興味深いなぁと感じた部分。

 

いわば、学問でなく心について学びがあったのだろうなと思いました。

 

現代の教育もそうだけれど、ギュウギュウと知識について教えられるけれど、知識を得たいと願うエンジンたる心があとに残されているんじゃないでしょうか?

 

心ここにあらずの状況で、学ぶのと、自分自身に気づき、心が明らかな状況で学ぶのと、どちらが目が輝くかは明らかだと思うのです。

それだから、車も無い時代に徒歩で生死を賭けて幕末の志士なんか歩けたのかなと。

普通に考えて、目的や志なくしてできるもんじゃないと思うのです。

その意味では、改めて自分を見つけておくことって大事なんだなぁと、改めて思うのでありました。