思い込みを乗り越え世界を正しく見る習慣をつけるにはやはり読書か行動か

ファクトフルネスという本が売れているそうですが、要は自分の好きな情報にしか触れていないので、突然話を振られても一体何が正しいか分からなくなるそんな世の中。

この本はその反動のような気がしています。

やはり、読書や自分の目で確かめるということが大事になってくると再認識。

そこで人はどれだけ本を読んでいるのかを調べたデータがありました。文化庁が調査したものなのですけれど、実におもしろい。

一緒に見ていきましょう。

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吉田松陰の松下村塾から学んだこと

先日、吉田松陰が教えていたとされる松下村塾を萩に訪ねた。

 

僕は原点志向が20番目にきているが、割とどの場所に行ったとしても、歴史的にどんな場所か気になる人で、一番好きだった科目が歴史。

13番目に収集、トップ5に学習があるので、それが原点志向の代わりに発動しているのかもしれません。

 

自分にとっては、吉田松蔭なんてみんな知っていると思っていたけれど、この訪問についていろんな人と話していると、みんな知っているものでもないなと感じたので、リンクを貼っておきます。

https://www.ishin150.jp/ishinandyamaguchi/shouin

 

僕は、昔からそうだけれど、気になるものはこの目で見たくなる性質で、行かざるもの語るべかざると思っています。

この建物の主である吉田松陰も、全国を歩いた実践の人だと聞いたので、居ても立っても居られない感じで場の雰囲気をかみしめてきました。

 

本当に小さな建物で、日本を動かす原動力となった人々が学んだとされる場所としては、意外に思えました。

 

 


当時、長州藩にも藩校があったのに、なぜ吉田松陰のもとに大勢が通ったのだろうか?

 

そう考えていくと、藩校は読み書きそろばんの生活に必要な学問であったのに対して

松下村塾は「自分が本当にやりたいことはなにか?」など、自分への問いかけと自分自身に潜んでいる潜在能力の発見に努められる場所であった。

 

これが、興味深いなぁと感じた部分。

 

いわば、学問でなく心について学びがあったのだろうなと思いました。

 

現代の教育もそうだけれど、ギュウギュウと知識について教えられるけれど、知識を得たいと願うエンジンたる心があとに残されているんじゃないでしょうか?

 

心ここにあらずの状況で、学ぶのと、自分自身に気づき、心が明らかな状況で学ぶのと、どちらが目が輝くかは明らかだと思うのです。

それだから、車も無い時代に徒歩で生死を賭けて幕末の志士なんか歩けたのかなと。

普通に考えて、目的や志なくしてできるもんじゃないと思うのです。

その意味では、改めて自分を見つけておくことって大事なんだなぁと、改めて思うのでありました。