熱海の湯に浸かり、幕末の志士を感じる

11月17日18日の日記。

 

かつて学生時代、東京から伊豆の下田までチャリンコでオール野宿で旅をし、熱海の浜でもお世話になったことがあります。

 

そんな思い出深いところに、内省しつつ泊まろうと、東京帰りに寄ってみました。

 

目的はいろいろあって、①昔行ったイタリアの地中海の風景に似ていて、すごく惹かれていたのでブラブラしたい。

 

 

②うまい魚の朝ごはんが食べたい。結局お代わりしちゃいました。本当に静岡の魚は本当に美味いと思います。

 

 

 

③陽明学を学ぶ上で、幕末の志士が伊豆で黒船をどのように見たか感じたいというもの。ちょっと原点思考スイッチ入ったかもしれませんね。


 

ちょうど伊豆急もイベントやっててすごく参考になりました。

 

 

吉田松陰の松下村塾から学んだこと

先日、吉田松陰が教えていたとされる松下村塾を萩に訪ねた。

 

僕は原点志向が20番目にきているが、割とどの場所に行ったとしても、歴史的にどんな場所か気になる人で、一番好きだった科目が歴史。

13番目に収集、トップ5に学習があるので、それが原点志向の代わりに発動しているのかもしれません。

 

自分にとっては、吉田松蔭なんてみんな知っていると思っていたけれど、この訪問についていろんな人と話していると、みんな知っているものでもないなと感じたので、リンクを貼っておきます。

https://www.ishin150.jp/ishinandyamaguchi/shouin

 

僕は、昔からそうだけれど、気になるものはこの目で見たくなる性質で、行かざるもの語るべかざると思っています。

この建物の主である吉田松陰も、全国を歩いた実践の人だと聞いたので、居ても立っても居られない感じで場の雰囲気をかみしめてきました。

 

本当に小さな建物で、日本を動かす原動力となった人々が学んだとされる場所としては、意外に思えました。

 

 


当時、長州藩にも藩校があったのに、なぜ吉田松陰のもとに大勢が通ったのだろうか?

 

そう考えていくと、藩校は読み書きそろばんの生活に必要な学問であったのに対して

松下村塾は「自分が本当にやりたいことはなにか?」など、自分への問いかけと自分自身に潜んでいる潜在能力の発見に努められる場所であった。

 

これが、興味深いなぁと感じた部分。

 

いわば、学問でなく心について学びがあったのだろうなと思いました。

 

現代の教育もそうだけれど、ギュウギュウと知識について教えられるけれど、知識を得たいと願うエンジンたる心があとに残されているんじゃないでしょうか?

 

心ここにあらずの状況で、学ぶのと、自分自身に気づき、心が明らかな状況で学ぶのと、どちらが目が輝くかは明らかだと思うのです。

それだから、車も無い時代に徒歩で生死を賭けて幕末の志士なんか歩けたのかなと。

普通に考えて、目的や志なくしてできるもんじゃないと思うのです。

その意味では、改めて自分を見つけておくことって大事なんだなぁと、改めて思うのでありました。

 

人の人生は興味深いね。

10月27日の日記。

ここは北浜。

今日も大阪でした。

原点思考もあるのか、超近代的なオサレなとこよりレトロなとこが好きかも。すごくいいと感じます。

そんな光景を横目に、研修2日目。

今日感じたのは、自分の生き方って、自分にとっては普通かもしれないけれど、他の人にとってはすごいことなんかもしれないなということ。

30年企業が生き残る確率は0.02%。そこでいかに過ごしてきたかとか、世界一周中に生涯のパートナーを見つけた話、どうしようもないと思っていた部下が、こちらが向き合い方を変えたら、ビビるぐらい変わったとかを今日は聞いた。
人が主体的に生きてきた話は、テレビの世界よりよっぽど面白い。
ストレングスファインダーも、そうだけれど、人は自分自身は当たり前過ぎてよくわからないもの。

自己開示することで、他人のフィードバックが得られるので、自分を客観視できるにはバツグンだと思う。

言わなければ、誰もわからない。

言わないから理解させない。

人間関係は良質なコミュニケーションが必要だね。