人の行動のどのくらいが無意識で行われているでしょう?

 

 

私たちが日常、家でも、仕事でも様々な動きすると思いますが、それを意識的に行えてるのか?という実験があります。

 

あなたは、どうでしょうか?

どのような配分だと思いますか?

50%?70%?それとも90%?

実は、我々95%を無意識で行動しているらしく、本当に意識的にできている部分というのはわずか。

朝起きてどうするか?

何食べるか?

電車のどこに乗るか?

どんな風に仕事するか?

どんなランチをし

どう帰る

どんな風に夕食を食べ

どんな風に風呂に入るか

などなど、自分の過去を見てても、なんとなくでも日々暮らせてたよなぁと思いました。

 

ここで思うのは、無意識を意識化させることで、日常って大きく変わるのだろうなぁということ。

 

意識的に効果的に食生活を整え、家庭も、職場も意識的に日々の改善を行えば、すごく濃い1日を過ごせるのだろう。

大抵ができていない。

 

だから変わらない。

 

そこで意識的に生きる。

 

だから生活が改善する。

 

このような流れがあるのではないのでしょうかね。

「もしお金が存在しなかったら、あなたは何をしたいのか?」 「何をしてあなたは人生を楽しみたいのか?」

人生は複雑なようで単純であったりする。

 

そう最近そう捉えています。

 

僕もそうだったので分かるのですが、最上志向が日本人多いので、ついがんばりすぎてしまう傾向が強いかと思います。

 

 

いろいろやりすぎて迷子になってやしませんか?

 

世の中を生きるにはこれもしなきゃあれもしなきゃと考え、いつの間にか鎧の重みで動くことができなくなっている。

 

そんな最上志向な人多いと思います。

 

そういう人は、次にこれその次これとエンドレスで死ぬまで課題をだされるので

 

思い切って次々やるのをやめてみようというのを提案したい。

 

鎧を脱ぎ、自分を取り戻そう。

 

本当はどうしたいのか?

 

あと1日しか生きられなかったとして、鎧を着たままでよかった、いい人生だったと思えるだろうか?

 

いやそのうちとみんな言うけれど、自分が死ぬ日は夏休みが終わる日付のようにはいかない。

 

今日来るかもしれないのだ。

 

みなさんにご覧いただきたいムービーと言葉があります。

 

ご覧になって自分を見つめ直していただけたら幸いです。

 

イギリスの哲学者 アラン・ワッツ氏の言葉です。

 

「What if money was no object?」

「What Do You Desire?」

 

あなたが望んでいることは何か?
あなたの欲しくてたまらない物はなんですか?
どんな状況を望んでいますか?

例えば…
私はよく学生の進路相談にのることがある。
彼らは私のところに来て、
「大学生活がそろそろ終わるのですが、今後何をしていいのかさっぱり分かりません」と質問してくる

そこで私はこう問いかけます。
「もしお金が存在しなかったら、キミは何をしたいのか?」
「何をしてキミは人生を楽しみたいのか?」

すると面白いことに、今の教育を受けた若者たちは、
「画家になりたい、詩人になりたい、作家になりたい…
でもそれじゃあお金は儲からないんです」と
だれもが口をそろえて言ってくるのです。

別の学生は
「私は馬に乗ってアウトドアな生活をしたい」と言う
私は、
「乗馬学校で教えたいのか?・・・もっと深く考えて、本当に何がしたいのかよく考えなさい」と聞き返す

何がしたいのかを掘り下げていってそれがわかったら

私は学生に言います。
「それをしなさい。お金のことは忘れるんだ。」

なぜなら、もしあなたが、
「お金を稼ぐことが最も大事なことだ」と言っているとしたら

あなたは完全に人生の時間を無駄に過ごしていることになるからだ。

生きるために
したくない仕事をしてお金を稼ぐということをしていれば、
それをやり続ける人生になるからだ

実に馬鹿げている。

そんな惨めな状態で長生きするより
短い人生でも好きなことをやって過ごした方がまだマシだ

結局のところ、どんなことでもいい。

本当に好きなことを一生懸命やっていればあなたは必ずそ達人になるだろう。

それが、「好きこそ物の上手なれ」なのだ。

その結果、あなたにそれなりの報酬を払う人も出てくるだろう。

だから何も心配することはない

誰か必ず興味を持つ人が出てくる。
あなたのやっていることに共感してくれる人も出てくる。

しかし、自分がしたくないことをして人生を過ごすことなんて実に馬鹿げたことだ!

自分のしたくないことに人生を費やせば、
それを子供たちにまで同じような道を辿るように教え受け継がせているのだ

だから、自分のやっていることを良く見直すことだ

もし子供を育てているのなら
自分と同じような道を歩むよう教育していないかどうか

人は、自分を正当化しようとするらために
充実した人生を送ろうとしながら

同じようなやり方で子どもたちを育てているのだ

まさに吐き気がするのに、
いつまでたってもゲロを吐けない状態で生きているのだ

だから、この質問にじっくり取り組むことが
とても大切なことになってくるのだ

「私は何を望んでいるのか?」

https://youtu.be/VCFB4jSgTMw

 

 

 

 

またのめり込んでしまう癖が

ジムでの筋トレと有酸素運動が非常に心地いい。

 

昼間はぐるぐる使うので、一日のどこかでがんがん体使いたい欲求が半端ない。

 

今日も500ー600kcalはデータで見る限り消費していたみたい。

 

ちなみに、自己啓発の本を読みながらペダルこいだりしてて、これがちがう方向からの視点が得られたりしてお気に入りだ。

 

運動はできるわ、本は読めるわいいことずくめ。

 

3月末までは筋トレだけしてて、体重だけ増えてた感じでした。

 

今は有酸素入れて、少しキレがでてきた感じですごく調子がいい。

 

この感じでいきたいと思います。

 

 

来年の大河ドラマは明智光秀

4月19日の日記。

ジムで走りながら、設置してあるテレビで来年の大河は明智光秀にきまったとあった。

 

一瞬?だったが、明智光秀といえば、光秀が活躍したのは我が地元。

 

延暦寺を封じるために信長の居城安土城に劣らない城が、光秀の坂本城だったそうだ。

 

坂本は、古来から比叡山延暦寺の門前町でもあり、その石工集団の建築技術が信長や秀吉を通じで、日本の城郭建築のスタンダードになった。

 

坂本城は光秀が討たれたあとは、大津城へと移築され、大津城で関ヶ原に向かう西軍の一部を食い止めたことから、勝利の縁起の良い城として、江戸時代になって西国のにらみをきかせるために彦根城に使われたということだ。

 

しかし、うちの地元も比叡山延暦寺と明智光秀という歴史の強みがありながらいまいちパッとしないのですけど、見ていると、強みである歴史について身近すぎてみんな知らないというのもあると思うのです。

 

テレビなどメディアの取材も増えることから、外から言われて気づく人も多いかと思います。

 

やっぱり、自分では自分の強みってわからないものなんですよね。

 

是非、ストレングス・ファインダーを受けて、その一助にしていただけたらと思います。

毎月1と6がつく日はすき焼きです

僕はすき焼きが好物なのですが、

そうそう食べることはありません。

タイトルにあるのは、近江商人の伊藤忠と丸紅の創業者、初代伊藤忠兵衛のやっていたことなんだそうです。

それも、社員全員ですき焼きパーティー。

昔は盆暮れにしか肉当たらんと言われましたが、月に何回もやる。

すごくないですか?

よく世間の社長とアイデアとかで話をすると、「やってもどうせ無理ー」がお題目のように帰ってきます。

本当にやる人は不可能と諦めずに、あの手この手やるんですよね。

ある意味成功への亡者かもしれません。

それが、伊藤忠兵衛さんのアイデアにも見うけられるように思いました。

人は、所詮二つの目と2本づつの手足がひとりの限界です。

それを、他人の力をいかに活用するかが、ポイント。

人は能力が足らない部分があるから、互いに助け合う。

 

社員をパートナーとして考える姿勢が、会社の成長にも繋がったのでしょうか。

我が身に置き換えても、なんでもひとりでやろうとして疲弊してないで、連携プレーを意識したいところです。

何であんなことやってしまったのだろう?

人生いろいろ生きていればいろんなことがあるというものです。

どの人も、いろんなもやっとする思いがあるかと思うのですが、それを陽明学では良知が反応したからだと言います。

つまり、行為をしたときは反射的、本能的に対応したのであって、よくよく考えてみると、別の自分がいて、よくよく考えればやらなかったほうがよかったと思った時にもやっと感は生じる訳です。

最近では、滋賀県の新人警察官の初仕事が先輩の射殺であったり、官僚のセクハラ、レスリングのパワハラ、相撲の暴行などなど、残念な話を耳にすると、本当に緊急の課題でないかと思うのです。

他人は自分ではありません。

人の数だけ考え方に正解があるように、自分の考えを押し込むような風潮があるような気がします。

普段仕事でも社労士なので、労働問題の話など聞きますが、皆が自分の信じる常識を押し付けあっている感じがします。

僕たちは、高校までは、道徳や倫理など薄く習ったりしますが、そのあとの長い社会人生活では、興味がなければ学ぶこともありません。

家庭においても、両親共働き、男女雇用機会均等だーと働いていると、子どもたちは道徳感倫理観を学ばずに大きくなってしまう可能性が大きいかと思います。

このような現状をみて、今こそ、心の問題を大人から子供まで、学ぶようにすべきなのかなと強く思います。

かつて、江戸時代、黒船に乗ってこの国を見た異国の人は、あまりにも道がきれいに掃き清められていること、荷物をそのままにしても盗まれず、忘れ物をしたら届けてくれること、それに、物が無人で販売されてお金が置かれていることに驚いたということがあります。

それもこれも、かつての教育は知識偏重ではなく、いかに善良であるかがたいせ地にされたからなのです。

今の社会を見て、このトラブルを見て、必然的にどのようにすべきかは、おわかりになるのではないでしょうか?

みなさんの良知を是非発揮していっていただきたいと思います。

あなたは何をしている人なのですか?

新年度に入りました。

 

新しい出会いもあり、挨拶することもあるでしょう。

 

いつも思うのですが、この問いって結構深くないですか?

 

 

職業だけ言うなら簡単なのでしょう。

 

しかし、「事務員です」とか「会社員です」とか

 

間違いではないけれど、その人を表現するには不足しているのでは?と思っています。

 

例えば、ストレングスコーチだけが集まっている場で、「ストレングスコーチです」と言っても仕方がない

 

社労士だけの集まりで、「社労士です」と言ってもそう。

 

いろんな会に出て行って、いろんな人の自己紹介を聞かせていただきますが、これはすごい刺さるというのはまあない。

 

それだから、せっかく出てっても、徒労に終わるのではないだろうか?

 

上手な方は、記憶に残るキャッチコピーを効果的に入れてきたりするので、この人考えてるなぁと感心させられたりということもあります。

 

要は、みんなあんまり考えていないから、通り一辺なものになっているのだろう。

せっかく自分を表現する機会があるのだから、自分の強みなど、効果的に話してもいいかもしれませんね。

 

 

 

 

等身大の自分でいること、正直でいること

 

 

幼い頃から親や先生にあれしなさいこれしなさいと言われて育った私は、きっと「ボーッと」してる不器用なタイプなんだろうなと思う。

 

なので、誰かにこれもやらなきゃあれもやらなきゃと言われると、昔からのスイッチが入って手をのばすことが習慣化されている。

 

そしてどんどんやり散らかして、よく分からなくなって思考停止するのだ(泣)

 

結構この手の人は多いかと推察されるのですけど、よくよく自分が本当に求めているのは何かということを考えるようになると、見えてきたことがあります。

 

それは、服で譬えると、あれやこれやが服の一枚一枚になり、着膨れしていく状態で最終的には動けなくなることなんだろうなと思い至りました。(笑)

 

これ、強みとか自分とか考えずに暮らしていると気づかないものです。

 

そう言えば、仕事も膨らませよう膨らませようとしてきたし、自己紹介するときも、あれもこれも言おうと盛り盛りのどんぶりで出していたな。(笑)

 

自分を内省するといろいろ出てくるので、面白い。是非ノートとペンかスマホに記録して自分を見つめて下さい。おすすめです。

 

僕もそうですけど、等身大の自分でいることが大切。

 

自分らしいのが一番の魅力。

 

自分には何が必要?どうしたいの?を深く自分に正直に聞いてみて、着ぶくれした、服を脱いでいきましょう。

 

 

 

 

あなたの天から授けられた役割とは?

 

 

天は何の故に我が身を生み出し、我れをして果たして何の用に供せしむとする。我れ既に天の物なりとせば、必ず天の役あらん。天の役共せずんば、天の咎必ず至らん。

 

と西郷隆盛も心酔した佐藤一斎は言志四録で述べています。

 

 

天はなぜ自分をこの世に生み出して何の用をさせようとしているのか。

 

自分はすでに天の生じたものであるから、必ず天から命じられた役目があるはず。

その役目をつつしんで果たさなければ必ず天罰を受けるであろうという事でうかうかと生きるなとどんな環境で不平不満をいわず最善の努力をする事、先人達のお言葉はいつも心にしみますね。

 

(注)佐藤一斎は江戸時代の大先生。江戸時代の知識の最高学府昌平黌で各藩の秀才を教えました。写真は昌平黌です。

 

 

ネームタグ デザインしたよ


はい いつもこれぶら下げてコーチングやります(笑)

ぶら下げるカードに資質書いてあれば、話しやすいもんな。

よくできてると思います。

でも、一歩進めて、カードに自分の一番元気が出る写真つけたら、最も会話が広がるんじゃないか?と思い試しに作ってみた。

 

グループでディスカッションする時なんて、イメージ膨らむことを期待してます。

 

これからが楽しみ。