互に欺かず争わず真実を以て交わり候と国と国との架け橋になった雨森芳洲

何度も近くまで行って気づかなかった人の紹介です。

気づいて100㎞車飛ばしてじっくり見てきましたよ。

雨森芳洲は江戸時代の中江藤樹、熊沢蕃山、浅見絅斎、梅田雲浜にも劣らない巨匠。

近江という土地はどの街道を通るにしても通る土地で自然と優れた人物が出るようで、雨森芳洲も江戸時代の偉人の一人だと思います。

新井白石という名前は聞かれたことがあると思いますが、新井白石は将軍のブレーンとなった実力者。

その新井白石と10歳も若くして同じ師匠に学んだ雨森芳洲。

いかに優秀であったかがそこからも見てとれます。

江戸時代は鎖国していますが、朝鮮からの使者が何度も訪れていて、対馬藩がその間に入っていたそうですが、その対馬藩に召し抱えられて活躍します。

朝鮮といえば儒学の国であり、日本でも儒学に精通した人物が求められてました。

そこで十分に対応できるという人物として雨森芳洲はいたわけです。

昔も今も朝鮮との関係は微妙ですが、雨森芳洲は多大なる関係を結んだそうで数々の逸話が残っています。

このような人物がいたことはまさに郷土の誇り。

もっと伝えていくべきだと考えています。

入り口です。

建物外観と芳洲の紹介文