歩くことは人の心と連動しているのです

今の世の中、一日の情報量はまさに洪水。

聞くところによると、今の一日で縄文時代の一生分、江戸時代の一年分の情報が得られるそうだ。

その中で、いかに自分を保ち進ませるか。そこに尽きるように考えている。

では、自分を保つようにどのように工夫するかが大事になってくるのだけれど、今のオススメは歩いてみること。

まずは歩いてみる

混沌としたこの世界で、歩くということは、自分の位置を示してくれる感じがする。

都会であれば、地下鉄がいくつも交差し、JRやバス、タクシーと利用手段が数多くあり、自分が今、北を向いているのかなど、方角さえ掴めない中で、常に判断選択行動が求められるという事態。

自分を見失うのも無理はない。

自然の中を、歩いてみると分かるけれど、世界はすごく単純なもの。

道に従って前に進む。

これだけだ。

歩くことで、心の静寂が生まれる。

絶えず交差してくる人もなく、出口を探し疲れることもなく、自然の中をシンプルに歩くことは動いていながら、心はとても静かなものとなる。

足で移動するのが人は心地いい

人類がタンザニアに生まれたとされていますが、そこから世界各地に広がる中で、使ってきたのは「足」。

テクノロジーは進化し、移動時間は短縮できますが、やはり足は私たちの尺度として、脳内にインプットされているものです。

歩いている以上、私たちは自由であり、自由ということはパワーをもらえることに繋がる。

電車に立って揺られているあの不自然さというところだろうか。

歩く歩調と心は繋がっている

歩いていると、乗ってくるという感覚を経験されていると思うのですが、歩くことは脳の動きとシンクロしている。

足を踏み込むたびに、次々と脳内で湧き上がってくる思考とシンクロが行われ、余計な思考が収まり、心の波が静かになる。

これが車や電車ならどうだろう。

脳だけがドライブしてしまうことで、イライラが膨らんでくる。

最近話題のあおり運転なんかまさにここが原因じゃないだろうか。