犬と共に暮らすということは 人として成長させてもうということだ

わんこを散歩させていると、時々「いつも見てるけどかしこい犬(こ)だね」と言われることがあります。

犬が嫌いな人は嫌いだけれど、好きな人は好き。

毎日朝夕、公園で少し遊んだりしているのを見ていたようだ。

My BOY

僕の犬は「すう」と言います13歳。

人間で言えばおじいちゃん犬。

今でこそ、不思議なもので、どうしたいのかがお互いわかる。

僕は僕で、犬は犬で察し合っている感じがするのだ。

すうが若いころは、逃亡するわ噛むわで、大変。

人と一緒。

わんぱくでした。

どうしたいか観察する

それがここまで分かり合えるようになったのは

犬がどうしたいのかを頭に入れながら接していたからかもしれない。

犬はワンとしか言えないから仕草で理解するしかない。

棒などで力で押さえつけつけると性格が歪む。

抑圧されたら人もそうですよね?

ほんと人と一緒。

放っておかない

カミナリが怖いと寄ってくるのですが、そんな時はそばにいてあげる。

一日中、繋がれているとストレスも溜まるだろうと、山にハイキングに連れて行ってあげる。

こうすれば関係が良くなるんじゃないかを繰り返す。

人と一緒。

人も犬も、無視されたくないし、いることを認めてもらいたいんですよね。

犬は何も言わないけれど、毎日そんな気づきがいっぱい。

そんな大切なことを教えてくれるからますますかわいいし、いとおしい。

おまけ

虐待のニュースとか聞くと本当にいたたまれない。

昔は、一族で近くにくらし、家族は共にあり、分かり合うということで助け合い生き延びてきた。

しかし、今はお金さえあれば生きられる。

そう考えるから、子供や人について無関心であるように見えて仕方がない。

明治以降、近代化は人を物質的に豊かにしたけれど

精神的には貧しくしたと思えてならない。


若かりし頃のわんこと比叡山延暦寺にて