僕が20歳前後の時、弁護士といえば中坊さんというイメージがある。
当時は興味がないので、流していたが、今あらためて当時どんなことをしていたのかを知って気付かされることが多々ありました。
稲盛さんについては、著書もいくつか読ませていただいているので関心がある人物のおひとり。
道は違っても、人の道は根っこは繋がっているんだなと読んだ後の第一印象。
今日は少し、印象に残った所を書き記していきたいと思います。
最近でもモリカケ問題、日大問題、相撲界、レスリング界など例を出すには困らないほど。
本書が書かれた当時も、オウム真理教やバブル、豊田商事、住専問題、豊島産廃問題など盛りだくさんありました。
お二人が言うには
そもそも戦後復興は目的意識があったから成し遂げられたが、今は物質的な欲望にしか目がいっていないように見える。
官僚、政治、企業の不正は根っこが同じで、日本人の「和をもって尊しとなす」が、いつからか内輪をかばう風潮に変わり、腐敗を助長させてしまった。
本来、日本人の道徳観念には「敬」や「恥」が根底にあり、「正義」「仁」「義」「礼」など大切にしてきたはずだが、すっかり希薄になり汗を流さずにお金を儲けることに夢中になっている。
確かに、僕の周りでも仮想通貨などの投資など簡単に儲かりますとかの宣伝がこれほど目にするというのは、それに乗ろうとする人の多さの反映であろうし、オレオレ詐欺も未だ収まる気配もない。
道徳とかいわれても、そういやきちんと学んできた記憶がない。
だから敬、恥、正義、仁、義、礼と言われても、今の世の人は皆戸惑うのが実際ではないかと感じた。
昔に目をやると江戸時代、士農工商と商人は最下層の扱いであり、商行為が卑しいものとされてきたから、商売がこれほどまでになんでもありになるとは、当時の商人も想像することはできなかっただろう。
そこに、京都に石田梅岩という思想家が出てきてくれたおかげでようやく商人道に人々は目覚めていくわけだ。
「卑怯な振る舞い、不正な振る舞いで利益を求めてはいけない」
「本当の商人とは、相手にも自分にも利があるようにするものだ」
「商いというのは、卑劣な行為ではない。商人が利潤を得ることは、武士が俸禄をもらうことと本質的には何も変わらない」
このようにして商人に自信を植え付け、この思想が「心学」として全国に普及することとなった。
しかし、せっかく思想が全国に広がったが、豊かになりすぎた日本人は、足るを知る精神を忘れ、皆が利己的になった。
だから日本人よもう一度、道理を思い出そうよと言うのです。
本書は全体的にそのような流れになっていて、物質的なものの豊かさよりは、足るを知って、心の豊かさを大切にしようよというのが根底にある感じです。
まさに、自分自身を見つめ、社会を見つめる客観的な視点が持てる書籍だといえます。一度お読みいただけると、いいと思います。